「災難でしょでしょ」

 俺はれいた。いま世界一哀れな男。気付いたら大変なことになっていた。事の発端は、ツアーの打ち上げで出掛けた焼肉屋で流鬼が葵さんに言った一言。

「ビールが美味いっていう意味がわかんない」

 それで葵さんが流鬼にビールのよさを懇々と説明しだしたが流鬼はわからない飲めないの一点張りで、葵さんは苛立った揚句「そうだ今から二次会だ、とことん飲みに行くぞ」と提案。なんだかその日俺を含めテンションの高かったメンバーは流鬼を除いて大賛成。みんな既に若干酔っていた。

「えー! やだ!」

 と嫌がる流鬼に麗が「まぁまぁ、奢るから!」といつものとおり財布約束で宥め、そして焼肉屋から場所を移し、個室完備の居酒屋に来たわけだ。
 すぐに運ばれて来た人数分のビールに流鬼は真剣に嫌がり、結局カシスオレンジを頼んでちびちびやっていた。そんな流鬼を尻目にビールをじゃんじゃん煽り酔っ払ってすっかり俺達は出来上がった。葵さんがぐだぐだと人生について話しはじめ、戒くんがそれに見当違いの返事をしているのを暫く爆笑しながら聞いていた俺だったが、ふと聞こえてきた声に振り返ってかなり焦った。

「おまえキショいんだよ!」

 カシスオレンジ一杯で酔ったらしい流鬼が麗の上に馬乗りになってにこにこ笑っている麗のほっぺたをしこたまに平手打ちしていた。

「やだもぉ照れんなよー」

 何が嬉しいのかずっと笑っている麗に何が気に入らないのか怒って殴り続ける流鬼。

「ちょ、おちつけ、おちつけ」

 とりあえず流鬼を引きはがして戒くんに託す。流鬼から開放された麗はワインをボトルで煽りながらけらけら笑って、ふと俺を見た。

「れーいた! こっちこーいナデナデしてやる!」
「お前ちょっと目覚ませ」

 パン、と頭を叩いたら「いたー!」と叫んでうずくまり、「流鬼ー! れいたがぶった!」と戒くんたちの方へ這って行った。
 まあそんな感じの酔っ払いどもをほっぽって、俺は飲み過ぎたせいか吐き気がしたからちょっとトイレに行ったのだった。
 帰ってきて、もう思わず酔いが醒めた。それはもう完璧に醒めた。
 部屋の奥のほうで、つまらない話で寝てしまったらしい戒くんにまだ話し続ける葵さんはいいとして。少し離れた場所で何がどうなってそうなったのか麗が流鬼に乗っかってそれはもうおっぱじめていたわけである。

「あっ……、なぁ酔っ払い、は、れーたが帰ってきたぞ……」

 くすくす笑って流鬼は麗の下から俺を見た。ダラダラ汗をかいて動けない俺はこのまま死にたいとすら思った。

「あ? 聞こえない、いま忙しい」

 欲に狂ったみたいに一心不乱に流鬼を組み敷いて肌に噛り付いている麗はいつもより低い声で短くいうと、俺なんて見えていないのかさっさと自分のベルトを外して流鬼の下半身をまさぐり始めた。

「ちょ、おいおいおいそれはマズイ」

 俺の言葉に流鬼が声をあげて笑った。

「やば……っぁ、こら、見てんなよ……っは、あ、興奮、すんだろ」
「なんでだ!」

 そう叫んだ俺に麗が目を向ける。やっと俺の存在に気付いてくれたらしい。

「見てんなら静かに見てろよ」

 何で口調が違うんだ? 疑問と困惑でいっぱいいっぱいな俺の目の前で酔っ払いたちはついにまぐわりだした。逃げたい、逃げよう、と踵を返しかけたとき、麗の厳しい声がとんできた。

「どこ行くの。そこで見てろって」
「なんで?!」
「流鬼が興奮するから」

 そんな理由? と口に出す前に揺さぶられている流鬼と目が合う。視線がかちあった瞬間、流鬼は身震いして一際大きく足をばたつかせた。

「っぁ、あ……あっ!」
「……っ動けないんだけど、緩めてくんない?」

 麗が意地悪く言って無理矢理ぐらぐら揺り動かすと、堪らないといったふうに流鬼の眉が寄る。

「ぁ、あっ! ん、は……きもちい、やべ……」


−糸冬−