「だってしょうがないじゃん」

 レコーディング中は禁欲生活。どちらが言い出したかは忘れてしまった。俺だったような、あいつだったような。まあどっちでも構わない。禁欲生活と言ったって、俺があいつと、あいつが俺と、性交渉しないだけ。あいつはあいつで誰かと寝ているだろうし、俺も俺で誰かと寝ている。だから欲求不満になんて為るはずがない。でしょう? って、言い切れない俺は日に日に眠れなくなる。冷たい蒲団を愛せない。静かな部屋を歓迎できない。一人の空間を喜べない。体温、体温、体温をちょうだい!

「アー……、しぬ……」

 控え室のソファに横たわって呟いた。俺の隣に座っていたれいたがびくついて、マネージャーに何か言ったらしい、慌ててやってきたマネージャーが煙草と灰皿を目の前に差し出したけれど一笑に付した。

「れいちゃん、俺がニコチン切れだとでも思ってるの」
「口寂しいんだろ、それでも吸ってろってこと」
「むり。寂しいのは上の口じゃなくて下のく」
「わあー! わあー! 戒くん戒くん!」

 チ。下ネタも言えやしないこの純情ヒヨコが。
 れいたはソファに俺を残してさっさと戒くんのいるテーブルに駆けていった。何時まで経っても新婚のような雰囲気には目も当てられない。今はあんまり目にしたくない光景だと思い、瞼を閉じた。ちょうどそのとき、控え室のドアが開いた。

「俺かっこいい、もー完璧」
「おーお疲れ様」
「お疲れさんー」

 葵さんがブースから戻ってきた。何を隠そうまさに今はギター録りの最中、そう言えば俺のこの不満気味の様子、わかってくださるでしょうか。不満もクソもしょうがないんだから何も言えないんだけれど。

「流鬼さんご機嫌斜めやね」
「うるせえ……寧ろハイだっつーの」
「それは無理あるやろ、顔、青いで。俺、葵やで。なんちゃって」

 もうヤダ何こいつ、鬱陶しい。この三重県産の馬刺し。食ってやろうか。……やっぱりやめる、葵さんのセックスは面倒くさい。っていうか、うるさい。ちょっと黙れって思っちゃう。葵さんは止めとくとして、戒くん……いや、戒くんに抱かれるのって趣味じゃない。昔に一度、酔った勢いで抱かせてみたけど気遣われすぎて萎えたんだ。だって俺はいいっつってんのに真顔で「……本当に、いい? もう引き返せないよ」だぜ。ねーわ。
 散々うんうん唸っている俺にはもう触れないようにしている三人は、そのうち控え室から出て行った。葵さんは麗に呼ばれてもう一度ブースへ。戒くんはマネージャーと一緒に夜食の買出し。れいたは……れいた?

「ホラ、珈琲買ってきてやったぞ」

 目を開けて身体を起こしたら、目の前でれいたが缶珈琲を振っていた。ソファに腰掛けて、自分はペットボトルのコーラを煽った。

「寂しいのはわかるけど、もうちっと我慢な」

 ぽんぽん、とアタマをなでられて、その掌の温度が無性に、きた。楽器をやっている男の手ってだけでもう駄目なのかもしれなかった。そしてスイッチの入った俺を止められる人間が全員、出払っていたのがいけなかった。

「れいちゃん、ちょっと目つぶってみて」
「ん?」

 素直な奴。優しい奴。俺の親友。いただきます。

「おおおおおい!」

 ソファに腰掛けているれいたのベルトを勝手に外した。慌てて目を開けるがもう遅い。手馴れた俺の指捌きの勝ちだ。ジッパーを降ろしてそうそうに引きずり出したれいたのそれを制止も無視して口に銜えた。顔を押し退けようとしてくる手には容赦なく噛み付いた。今更、止められちゃかなわない。

「ん、」
「やばいって、や……流鬼!」
「……は、うるさいよ、お前は黙っておっ勃てとけ」

 舌の動きを早める。手で根元を揉み解す。そのうち硬度を増して天を仰ぐのを見ているだけで快感だ。れいたがしきりに誰か帰ってくるかもしれないと言っている、声が遠く聞こえる。欲情してしまった俺の中に常識の言葉は入り込んでこない。聞こえてくるのは濡れた音と自分の荒い息遣い。興奮するといつもこうだ。

「……は、ふ、……」

 十分な硬さになった頃合をみて口を離した。安堵したらしいれいたが身体の力を抜いたその隙にさっさとれいたの上に跨って、自分のベルトを外した。目を丸くして動きを止めるれいたの雄を後ろ手に支え、躊躇無く突っ込んでやった。

「るっ……!」
「ッア……、は、っぁ、……ふ、どーよ、男に突っ込むの」

 感じる? 尋ねたら耳まで真っ赤にして目を瞑ってしまうから、可愛いな、と思って腰を揺らした。

「ッん、ちょ、流鬼ッ、やべ……あっ、やめろってば……!」
「ふッ……は、なかなか、気持ちよさげじゃねーの、ッ」

 俺も散々腰を振って自分の快感に浸ろうとした。気持ちいいところを狙って擦って抉ったけれど、どうにも俺が盛り上がろうというところでいちいち感覚が瞼の裏をちらついた。麗のよりは小ぶりだな、とか、麗とは背の高さが違うから対面座位の顔の位置も違うな、とか、しがみついた両肩の骨の感じが違う、とか。自分でも相当莫迦だと思えど、記憶が邪魔して思うとおりに盛り上がれなかった。そうこうしているうちにもうれいたが切羽詰った状況に陥ってしまっていたらしく、なんか気持ちよさそうに喘いでるな、と思っていたら、突然俺を思い切り突き飛ばした。衝撃でソファから片足が落ちなんとか体勢を保ったものの、れいたの雄がずるりと抜けた。直後、目の前で熱を吐き出した。

「ッ……はー、……は、は……、う」
「……マジでか」

 早くないか、という言葉は飲み込んだ。盛り上がりかけていた俺の熱は萎れてしまった。泣きそうな顔で控え室を出てトイレに走っていったれいたを見遣って、申し訳ない気持ちと達しきれなかった不満がない交ぜに為った複雑な感情を持余し、ぐしゃぐしゃ頭を掻いた。