玩具遊び

 あまりにも天気が良すぎるから気が付いたら部屋の窓を開けていることも忘れて真昼のその日はその行為に没頭していた。日当たりが悪いわけでもないが大して良くもないこの部屋は、こんなに晴天の日でも太陽の光は細い筋となって差し込むのみだ。照明をつけていなければほんのり暗い。ちょうど床に伸びている光の筋が、鳥だか木の葉だかで遮られるたび、ちかちか瞬く。風が吹くと開け放っただけのカーテンが視界の端で揺らめいて小さな音を立てる。あまりに明るい部屋よりも、あまりに暗い部屋よりも、こういった静かな暗さと穏やかな明るさの均衡を保っている部屋が二人でいるのにちょうどよかった。

「何か、話して」

 上擦って掠れた声で言ってみた。意味のない言葉ばかりが自分の口から零れていたから、目の前で息しか零さないそいつに言ってみた。普段に比べてあまりに長く言葉という言葉を使わなかったから、なぜだか自分の存在が無意味に思えてきてしまって、何か意味のある言葉を言って欲しかった。そうだと思う。よく覚えていないのは正直言って行為に没頭している自分の口から出る言葉なんて理由があったり無かったり気まぐれだし、思考が正常に働いていない時のほうが多くて感情的だったり思い付きだったりするのだ。それにこの一言だけじゃない、ただこの言葉が最後だったからなんとなく口走った事実を覚えているだけで、本当はいくつもいくつも同じような言葉をそいつに投げている。

「……何かって、何を」

 そいつは少しの間息を詰めて小さく震えた後、長く息を吐いてから鸚鵡返しのように呟いた。俺は痙攣する指を見つめ無気力で気怠い身体をベッドに預けて残念な気持ちになる。暫く整えるように長い息を吐いていたそいつが体内から退いて、その感触に身震いする俺を上から雪崩れるように抱きしめた。汗ばんだ背中に手を回したら、腫れた引っ掻き傷のふくらみが指に纏わりついた。

「何を話せばいい?」

 疑問というより好みを伺うような問いだ。残念、残念、残念。欲しかったのはそれじゃなかった。

「ん、もういい」

 玩具に飽きた子供のようだと言われたことがある。行為が終われば何もなかったかのような顔をして、もう要らないと言わんばかりに無関心になる、そんな態度を表情を見るたびどうしても虚しい気持ちになるのだと。知ったこっちゃないんだけど。でもそうやって途端に変わるのが少し寂しかったり残念に思ったりする気持ちはわからなくもないと最近こいつを見ていて思った。俺は残念らしい。少し寂しいらしい。

「なんでも話してあげるのに」

「うん、それじゃないからもういい」

 意味がわからないのかただ笑って、声が唇が俺の名前を呼んだ。好きだと言った。俺はそれも欲しい物じゃなかったから、何も言わずに欠伸をして煙草に手を伸ばした。

 こうしてこいつが終わった後に失うもの。行為に没頭しているとき、意味のない言葉を零して感情をばらまく俺を扱う無表情なその腕、理由もないことを望んで強請る俺を呆れたように笑うその顔、何も言わなくても欲しい物を与えたり奪ったりするその身勝手な優しさ。こいつの奥深くにある、俺だけの為のいきもの。それがまた深く深くに隠れてしまうから、なんだか俺は少しだけ残念な気持ちと寂しい気持ちを持て余して、「もう一回」なんて言葉で引きとめようとするのだろう。
 そして行為は続行。また忙しなく没頭する。気怠い身体はもうちっとも動かせないのに、それでも続く。俺が飽きてこいつの腕からすり抜けない限り。こいつの身体を手放さない限り。