ゆがみひかるいびつににぶく

「人間は気がおかしくなる時、ぜんぶぜんぶ自分でわかるんだって。だから辛くて悲しくて痛いんだって。何かの本で読んだんだ、『わたしもうじきだめになる』その一言を、笑って言ったのかそれとも泣いていたのか肝心なことを覚えていないのに、なぜかその一言が忘れられない。

 じゃあきっと大丈夫なんだ。だって俺はだめになっていく自分を自覚していない。だめになっていっている、徐々におかしくなっていく自分、そんなことこれっぽっちも感じない。たまに胸が苦しくてすべてのものが色褪せて見えて大切だったものでさえその価値を疑いだしてしまう、そんなことはあるけれど。でもおかしくなっていっている、だなんて思うことはないよ。だってこれは一時的な感情のふり幅でしかないんだから。元に戻ればそれで終わり。ほら、おかしくなっていっているなんてことはない。だけど、ねえ、俺、本当におかしくないのかな。俺がおかしくなっていく自分に気づかないのは、元々おかしいからなのかな。俺が異常だという確信はないけど、正常だっていう保証もないことに気付いてしまった。

 どうして俺はこうなんだろう。こんな自分は好きじゃない。でも足掻いても仕方がないんだ、だって俺はこんな人間なんだから。諦めているつもりはなくて受け入れたいと思っているだけ。それでも君に言うと呆れたような顔でため息を吐かれるんだろう。それを思うと言い訳みたいに受け入れたいだなんて頭に思い浮かべている自分が情けなくてたまらない。どうして自分はこんな、どうしようもないのかな。広げてみた掌に毒がにじんでいるようで、触る誰かを汚染していく気がするから誰にも触れたくない日がある。顔をうまく取り繕えないから、誰かを傷つけ嫌われそうで誰にも会いたくない日がある。些細なことで心の中がざわついてささくれだって、愛しい人たちまで嫌いになってしまいそうに思えて、できれば二度と誰も愛したくないと思うほど。

 だから君に触れたくなかったんだ」

「ごちゃごちゃうるさい。何が言いたいのかわからない。結論が見えないしお前の葛藤なんか聞かされても俺にはどうすることもできないし、どうしてほしいのかもわからない」

「そうだよね。ごめんね。結論っていうか、難しいんだけど」

「何にも難しくない。考えることが悪いとは思わないけど、お前の場合は考えすぎて意味わからないところまでいくからそれはお前の悪い癖」

「じゃあ、結論はどうやって出せばいいの」

「そんなもんは出ない。だってそもそも結論なんかにできないことをぐちゃぐちゃかき混ぜてるんだから、出てくるはずがないだろ」

「るきに触れたくなかったんだ」

「俺から触れた」

「俺はるきを汚したくなかった」

「もともと俺は汚れてた」

「るきに嫌われたくない」

「俺はそんなに心狭くない」

「……わかってるよ、ぜんぶわかってるんだ、るきが優しくて俺なんかを受け入れてくれて、冷たい言葉をどれだけ言っても最後には俺に優しさをくれるんだ、それが誰もがわかるような形じゃなくても、はっきりとは見えないものでも、優しさをくれるんだ、だから、触れたくなかったのに、触れたくなかった!」

「そんな不可能な話はしないで」

 触れずにはいられなかった。
 あなたが自分を責めるとわかっていながら触れた。あなたがあんまりきれいにゆがんでいくから。いびつなあなたに触りたかった。緩やかな狂気であなたを満たし、いびつな自分を注ぎたかった。
 あなたがどれだけ嘆こうと、あなたに触れたのは俺。

「お前の中の俺を殺したい」

 きれいに磨かれたあなたの中の俺が笑う。俺を見て。汚いと。醜いと。酷い奴だと可哀相なものを見る目で。
 あなたに触れたのは俺。ゆがんだ決してきれいではない俺。それがわからないあなたなんか、もっともっとゆがんでしまえ。