柘榴

 上手くは言えない、唇の端にこびりついた滓のような心地の悪さ。皮がめくれて血が出ているのが分かった時の舌に鈍く広がる後味の悪さ。そんなことを考えているうちぴったりと嵌る言い回しが思いつけなくて、いよいよ否定できない感情が押し寄せてきていると自覚した。特段なにかされたわけでも言われたわけでもないが、気に入らない、気に入らない、と思ってしまうのは止めようがない。これはどういった心境の変化だろうと、自己の内面を深く削り取ってまじまじ見つめるより先に、それはどういった心の表れかと相手の脳を勘ぐることに終始する。かねてより考えていたことも相俟って、もう自分の意志とはお構いなしに、まるで自分の心ではないみたいに勝手にすべてを仕分けて結論付ける。あとからあとから否定をするが目まぐるしくて追いつけず、一旦すべてを遮断したい、そういうつもりで目を背けた。

「なるほど、しのうか」

 すべてわかったと言いたげな言葉が飛んできて、俺は瞬きするだけの時間を過ごす。一旦すべて遮断した真っ白な目の前に投げて寄越された真っ赤な言葉が虹彩を焼いたから。瞬きをしながら意味があるのかないのかを理解するよりまず、無言の空気だけを凌ぐことにした。

「やだよ」

 それではどうだ、と思案のふりをするのも気に入らないのだ、何を言われても拒絶したい。大体、春の海みたいなその声色が良くない。ずっと目を閉じていたくなるのが良くない。身体中の力を抜いてゆったりと横たわりたくなるのが良くない。

「いやだ」

 何を言われてもそう返す、だから先にそう言い置く。まっすぐ見つめた目が虚を突かれたみたいいに見開いて、困ったように細められた。言葉に迷っている時の顔が見慣れたそれで、思わず笑いが込み上げる。どうすればいいのか考えているらしいのだ、そのどこかおかしい脳みそで。けれど結局思考など意味がない。彼は手を差し出せば引くのだろうし、爪先を差し出せば触るのだろうし、全部を差し出せば食べるのだろう。そうと分かっていながら目の前にいて、差し出すかに見せかけてぴたりと留まり、何を言われても拒むのに待つ。

(なあ、意味がないよな)

 それでいいから目隠しをして。口を塞いで音を拒んで。指一本動かせなくなるほど全部を奪ってくれたら跡形もなく消してしまえるのになと思う。お前のことなどわかりたくない。お前のことなど考えたくない。だからやっぱり差し出すしかない。

「それじゃあやっぱり、」

 胸の辺りに痛みが走る。痛いようで嬉しい気もして、悲しいようで気持ちが良い。
 そうだなやっぱり、しんじゃいたい。



(2020.04.30//柘榴)